夢と幻の散歩道

 出会った風景から心の世界へのフリー切符・・・・・・・・・・過ぎ去った時への郷愁に・・・・・・・果てしない未来への憧憬に・・・・・・・フリー切符を手に・・・・・・・・・・今飛翔
2017/05«2017/06 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 »2017/07
     
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
     
00012768.jpg

再び明治村を訪れたわけではありません
7月のボツ写真の中から・・・

神戸に明治20年ごろ建設

とりわけ目を引くのがコリント式のエンタシスの柱

これだけの柱を使ったお肉屋さんの牛肉
きっと最高

この大きな窓ベランダの手すりも特徴的

00012767.jpg

玄関の看板の上に鶴

洋の中の和

写真ではよく分からないかもしれないけれど
この柱、木造で
家の重みを支えていない

洋に対する当時の日本人の憧憬を感じる

以下日記フォト無し







ららの母親の友人が長崎で被爆していて
去年
亡くなった

体のすべてが悪い人だった

一昨年はびわを贈ってきてくれた

人ひとりの人生は
時代の力、自然だけでなく時代の脅威に簡単に押し流され翻弄される

永井隆の「長崎の鐘」「この子を残して」はあまりに有名

「そこへ不意に落ちてきたのが原子爆弾であった。
ピカッと光ったのをラジウム室で私は見た。
その瞬間、私の現在が吹き飛ばされたばかりでなく、
過去も吹き飛ばされ、
未来も壊されてしまった。
見ている目の前でわが愛する学生もろとも一団の炎となった。

わが亡きあとの子供を頼んでおいた妻は、
バケツに軽い骨となってわがやの焼け跡から拾わねばならなかった。
台所で死んでいた。
私自身は慢性の原子病の上にさらに原子爆弾による急性原子病が加わり、
右半身の負傷とともに、予定より早く廃人となりはててしまった。」
(永井 隆著「この子を残して」より)

・・・・・
今生かされていることに感謝

でも
この事実は心を病む人の支えにはなってくれない
相変わらず、腕を切り足首を切り助けを求め続ける友達
彼女に、これからの彼女にどんな言葉がいいのか・・・

言葉を選びつつ・・・

・・・・・
ららの周りにはいろいろな人がいる

生きたくても生きられない人

苦しくても生かされてしまっている人

生きていけるのに生きることが辛くなってしまった人

どんな人にも愛のような穏やかな光が広がる
おなかの中にいたときのような感覚で癒されるときもあっていい



スポンサーサイト

コメント

そうですね。
戦争から色んなことを学ぶことは出来ても
心を病む人の支えにはならないですね…。
どれだけ心を病んでいる人がいるのでしょう。
私もいまだにひきずっていることがたくさんあって。
けれどそんな人はたくさん居て。
最近色んな方がこちらのブログに来てくださりますが、文面からでは解らないけど
きっと精神的に葛藤しながら過ごされているんだろうなあって方がたくさん。
切なくなるし、自分も頑張らなきゃって
思ったりしています…。
まりごまさんへ
他の人からは幸せそうでも、
心の内に辛いこと哀しいことを抱えている人が
ほんとに多いですよね。

そうして日常の人間関係の中では
相変わらず幸せ芝居
そんな人が正直になれるのがブログの世界ですよね。
励まされたり、励ましたり
共感したり、、、、
お互いに元気を交換しましょう(*^_^*)

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://lalala0o0o0o.blog59.fc2.com/tb.php/1741-408f417e

プロフィール

らら

Author:らら

お月様の青い光にあこがれます

まだ見たことのない
雄大な自然の一部になった感動を
心に刻んでおきたくて

家の片隅で
歴史を刻んでいるものたちを
あたたかくつつんであげたくて

そんな気持ちではじめたブログ

お月様から地上で生まれて
いつの日か
お月様のところに戻っていくららです

フリーエリア


旬の花時計
最近の記事
コメントありがとうございます
QRコード
QRコード
FC2カウンター
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
フリーエリア
にほんブログ村 写真ブログへ


ゆっくりおやすみ


道を外れるとよく言われるけど、

誰かが歩いた道を辿っていないのなら、

道を外れようがない

どの一歩も、どの方向もすべてが自分の道になる


だったら、

時には前の花ばかりではなく、

足元の草、

右手の空、

左手の水、

そんなものをのんびり見ながら、

後ろにちょっと下がって木陰で休むのも

悪くはないでしょ?



もし何かをしなければと思うなら、

自分の近くを見回してみて。

あなたの助けを必要としている人が、

すぐそばにいるから。

   事象境界線より

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。